ミスを恐れず前に進む

サッカーワールドカップがスペインの優勝で幕を閉じました。

優勝したスペインの試合を見ていると、技術も迫力も他チームとは明らかに違い、「やはり世界一になるチームは違う」と感じさせられました。

そんな中で、私の心に強く残った言葉があります。

日本との試合後、ブラジル代表の監督が記者会見でこう話していました。

「サッカーはミスを避けられないスポーツです。そのミスをどう乗り越え、どう前に進み、どう勝利につなげるかを考えるスポーツなのです」

私はこの言葉を、私たちの仕事にもそのまま当てはまると思いました。

若手社員であってもベテラン社員であっても、人は必ずミスをします。 そして、ミスを完全になくそうとする働き方からは、大きな成長や新しい成果は生まれません。

変化を起こそうとすれば失敗することもあります。 新しいことに挑戦すれば間違うこともあります。

しかし、挑戦しなければ学びも成長もありません。

私たち長村製作所のような会社が生き残り、発展していくためには、

挑戦する。 ミスをする。 そこから学ぶ。 そして再び前に進む。

この繰り返しが何より大切だと思います。

だからこそ、ミスをした人を必要以上に責めたり、非難したりする風土を作ってはいけません。

もちろん同じミスを何度も繰り返して良いという意味ではありません。 大切なのは、ミスの原因を学び、次に活かすことです。

一方で、世の中には他人のミスを評論家のように批判することが正しいと考える人もいます。

しかし、何もしなければミスも起きません。 挑戦しなければ失敗もありません。

ただ、それでは新しい価値も生まれません。

私は、失敗を恐れて何もしない人が増えることを危惧しています。

ミスを恐れて行動しなくなる会社に未来はありません。

私たちは、挑戦する人を応援する会社でありたいと思います。

失敗してもそこから学び、また立ち上がり、前へ進む。

そんな社員が一人でも多く増えることが、長村製作所の未来につながると私は信じています。

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シュウマイ弁当の値上がりと日本人の年収

時期価格(税込)変動
2007年740円
2008年780円+40円
2009年9月750円▲30円(値下げ)
2014年4月770円+20円
2014年8月800円+30円
2016年9月830円+30円
2018年9月860円+30円
2022年10月900円+40円
2023年10月950円+50円
2025年2月1,070円+120円
2026年2月1,180円+110円
現在(2026年)1,180円

崎陽軒の「シウマイ弁当」の価格推移を見ると、この20年間で約59.5%値上がりしています。

一方で、日本の平均年収は2007年の437万円に対し、2025年は429万円と、ほぼ横ばいか、むしろわずかに低下しています。もちろん、この背景には非正規雇用者の増加や産業構造の変化など、さまざまな要因があるので単純比較はできません。

それでも、この差を見ると考えさせられます。

もし日本人の平均年収がシウマイ弁当と同じペースで増えていたなら、437万円は約695万円になっていた計算です。

企業は原材料費や人件費、物流費の上昇を販売価格に反映してきました。しかし、その間に働く人たちの所得は十分に伸びてきたのでしょうか。

私は、こうした状況を改善し、日本人の年収を引き上げていくことは、経営者だけでなく社会全体の重要な課題だと思います。

そのためには、「誰が悪いのか」を議論するだけでは前に進みません。経営者や政治家だけでなく、労働慣行、業界の古い慣習、教育のあり方、さまざまな価値観や制度など、賃金上昇を妨げている要因を幅広く見直す必要があります。

日本には、まだ成長する力があります。

私たち一人ひとりが現状を当たり前と思わず、生産性向上や付加価値創出に取り組み、この閉塞感を打ち破っていくことが大切ではないでしょうか。

ちなみに、崎陽軒の創業者は栃木県出身だそうです。そんな縁も感じながら、シウマイ弁当の価格推移を見て、改めて日本の賃金について考えさせられました。

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社長の自覚を忘れた私は?

私は60歳のときに長村製作所の社長になりました。気が付けば、あと4か月で丸8年になります。

正直に言うと、今でも「社長とは何をする人なのだろう」と考えることがあります。

もちろん、この8年間で様々なことに取り組んできました。会社方針や中期経営計画の策定、制度改革、就業規則の改訂、賃金の見直し。さらに銀行との融資交渉、業界団体との付き合い、会計事務所や弁護士との連携などです。
時々、製造の手伝いや配送。

ただ、それらは私一人の力でできたわけではありません。いつも支えてくれる相棒や仲間がいたからこそ進められたことです。

しかも、よく考えてみると、こうした仕事の多くはサラリーマン時代から携わっていました。社長になったから初めて経験したわけではないのです。

では、社長になった私にしかできない仕事とは何なのでしょうか。

社員が働きやすい環境を作ることなのかもしれません。しかし、それも社長が一方的に「こうしなさい」と押し付けて作るものではないと思います。本当に良い職場は、そこで働く社員一人ひとりが主体となって作り上げるものではないでしょうか。

会社の理念やフィロソフィーについても同じです。社長が立派な言葉を掲げるよりも、みんなで話し合い、考え、育てていくほうが本物になる気がします。

そう考えていくと、ますます疑問が湧いてきます。

社長とは何をする人なのだろう。

答えはまだ見つかっていません。

ただ一つ言えるのは、何かが起きたときに最後の責任を負う人なのかもしれない、ということです。成果も失敗も、最終的には自分が受け止める。それが社長という役割なのかもしれません。

しかし最近は、それだけでもないような気もしています。

会社が進む方向を示し、社員が安心して挑戦できる環境を整え、みんなが持っている力を引き出す。そのために考え続けることこそが、社長の仕事なのかもしれません。

8年経った今でもまだ答えを探しています。

迷える社長です。

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賃金を上げるには

先日、Webで「日本人の賃金をどう上げるか」という議論を見ました。

一つは、企業が成長して利益を増やし、その利益を社員に還元するという考え方です。

もう一つは、人手不足を無理に解消せず、人材を確保したい企業に高い賃金を払わせるという考え方です。低い賃金では人が集まらなくなれば、企業は生産性を高めたり、事業の進め方を変えたりする必要があります。その意味では、現在の人手不足は賃上げを進めるチャンスともいえます。

ただし、人手不足によって上がりやすいのは、主に新入社員や若手の給与です。若手の給与が上がることはよいことですが、中高年を含む既存社員の給与が同じように上がるとは限りません。

既存社員の賃金を上げるためには、企業が生産性を高め、付加価値のある仕事を増やし、利益を拡大する必要があります。そのうえで、増えた利益を社員に還元するという経営者の意思も欠かせません。

つまり、賃金を上げるには次の三つが必要です。

  • 人手不足を背景とした賃上げ
  • 生産性向上による企業利益の拡大
  • 利益を社員に還元する経営者の意思

人手不足を賃上げのきっかけにし、企業の成長によって賃上げを継続する。

これが、若手だけでなく、中高年を含めた社員全体の賃金を上げるための現実的な方法ではないかと思います。

さて当社はどのように社員の賃金を大幅に上げていけば良いのか?

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一由そばに見た、当社の生きる道

日暮里の駅から少し外れた場所に、行列の絶えない立ち食いそば屋がある。「一由そば」だ。24時間営業。名物はゲソ天そば。今朝は明け方の4時に立ち寄ったのだが、それでも私の前には8人が並んでいた。

正直に言おう。飛び抜けて美味しいわけではない。ゲソ天と紅生姜天をのせて790円。決して安くもない。つゆは濃く、真っ黒。味も値段も、他店を圧倒しているとは思えない。このくらいのクオリティなら――お店の方には失礼を承知で言えば――他の店でも再現できるだろう。

それなのに、夜中でも人が並ぶ。

ここに、私はどうしても当社の向かうべき方向が重なって見えてしまうのだ。

誰にでも作れる味。誰にでもできる店の回し方。だが、それを実際にやっている店は、そう多くない。だからこの店は繁盛する。しかも一等地ではない、駅前から少し外れた場所で、である。


話は変わるが、サイゼリヤのことを思い出す。物価高でも値上げをせず、価格をほぼ据え置いたまま客数を伸ばし、既存店売上は40か月以上も前年を上回り続けている。 ところが一方で、恵比寿や新中野といった都心の店舗は相次いで閉店している。低価格を貫くと、都心の高い家賃では採算が合わないからだ。 それでも会社全体は伸びている。「守るべきものを守るために、あえて手放す」――これもまた、明確な戦略なのだ。 


誰もが思いつく。その気になれば、できる。しかし、誰もやらない。

――ここに、当社が生きる道があるのかもしれない。

需要は小さい。けれど、確かに必要とされているもの。大手が量を追えず、採算に乗せにくいもの。あるいは、特定のお客様だけが本当に必要としているもの。そして何より大事なのは、平凡な我々にも思いつき、作ることができるという点だ。

世の中には、「唯一無二の技術」「他社に真似できない技術」にこそ価値があり、誰にでも作れるものには価値がない――そんな空気がある。だが、本当にそれがすべてだろうか。

確かに、誰にも真似できない技術には価値がある。それは疑いようがない。だが、価値とは、意外なほど身近なところにも転がっているのではないか。

一由そばに、私は当社の当面の未来を感じてならない。店は決してきれいでも、洒落てもいない。若くて綺麗な女性は、来ないかもしれない。それでも、その佇まいを「良し」とする人々が確かにいて、店を支えるだけの客数を、ちゃんと満たしてくれているのだ。

求められているのは、非凡な技術だけではない。凡人の我々が続けられる、当たり前の仕事を、当たり前にやり切ること。その先にこそ、我々の居場所がある。

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コミニュケーションにこだわる社会のうすべらさ

よく会社でも学校でも人と人の意思疎通は大切だからコミニュケーションを大事にしようとか、コミニュケーション能力の重要性を発言する人がいますが、それて本当なのとよく思います。

これまで生きてき思うのは、意外に話しが通じない人は沢山いるということです。分かってもらうために一生懸命になり、時には苦しみ悩んでいる人が沢山います。更に言えば、何でも言葉で確認し合う人間関係て息苦しくないんだろうか?
私は話しが通じない人は意外に沢山いるような気がします。


そういえば、私が小さい頃には近所にも親戚にも気が合わない人がいて、父親がよく晩酌しながら文句を言っていた記憶があります。それでも親父は「この人とは価値観が違うから付き合わない」なんてことは言っていませんでした。多分、好き嫌いとは別に、折り合いを付ける知恵があったのかもしれません。多分そうじゃないと村社会では生きられないことを知っていたのかもしれません。
人間なんてそんな立派なものじゃないのです。いくら理屈をまくし立て、正義を振りかざしたところで、通じないものは通じません。


現代ではそれが会社の中に置き換えられます。部下やあるいは他部署の上司に関して正論を言う人をよく見かけます。時々ボロクソに言う人もいます。「会社辞めて貰うべきだ。」とか「部署を変えるべきだ。」とか。
そんな時思います、「あなたはそんなに偉いのか」と思わず感じてしまいます。むしろ、「人には話が通じないことが当たり前だ」と考えたほうが、人間関係はずっとスムーズになるのではないでしょうか。

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喫茶店が様変わり

先日、ふと思い出したことがあります。

今から約50年ほど前、池袋のロマンス通り入口の角に「紫煙」という喫茶店がありました。店内は薄暗く、入った瞬間にタバコの煙と独特の香りが漂ってきます。何色だったのか分からないほど年季の入ったソファに腰を下ろし、コーヒーを注文する。記憶では、サイフォンで丁寧に淹れていたように思います。

そこにいる学生たちは、文庫本を片手に缶ピースをくゆらせ、どこか気取った雰囲気をまとっていました。今思えば、それも時代の風景だったのでしょう。

それに比べると、最近の喫茶店はずいぶん様変わりしました。明るく開放的で、ガラス張りの店内は清潔感にあふれています。もちろんタバコの臭いもしません。

店内を見渡すと女性客が多く、昔のようなおじさんの姿はあまり見かけません。文庫本を読んでいる人も少なく、多くの人はスマートフォンを眺めています。その一方で、朝の時間帯には意外にもおじいさん、おばあさんの姿をよく目にします。

年を重ねたせいなのか、それとも単なるノスタルジーなのかもしれませんが、最近の喫茶店にはどうも心が惹かれません。

そういえば、10年以上前に旭川で入った昔ながらの喫茶店を思い出します。木の床は歩くたびにギシギシと音を立て、店主は気さくなおばちゃん。少し薄暗く、まるで穴倉のような落ち着く空間でした。おそらく今はもう営業していないのではないかと思います。

私としては、街のどこかに一軒くらい、そんな昔ながらの喫茶店が残っていてほしいものです。気取るわけでもなく、静かにコーヒーを飲みながら考え事ができるような場所です。

しかし考えてみると、様変わりした喫茶店とは対照的に、私たちの工場は今でもどこか昔の雰囲気を残しています。

もちろん、長年積み重ねてきた技術や職人気質は当社の強みです。ただ、時代が変わり、社会が変わり、お客様の求めるものも変わり続けています。その変化に合わせて、工場も少しずつ姿を変えていかなければならないのでしょう。

そして何より、変わるべきなのは工場だけではないのかもしれません。

もしかすると、一番様変わりしなければならないのは社長である私自身なのかもしれませんね。

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人の不幸は、お金になる社会

先週、あるトラブルの解決を依頼するため、弁護士に会ってきました。念のため申し添えておくと、社内の問題ではありません。

そして昨日は、情報セキュリティに関するセミナーを受講しました。経済産業省が進める「SCS評価制度」に、企業としてどのように向き合うべきかを考えるためです。近年の企業に対するサイバー攻撃を見ていると、情報セキュリティは、もはや「対岸の火事」とはいえません。
特に注意しなければならないのは、大企業そのものだけでなく、その子会社や取引先など、サプライチェーンの一部を担う企業が攻撃の入り口として狙われる可能性があることです。私たちのような中小企業も、決して無関係ではありません。

ところが、私の身近な人たちを見ていると、
「自分の周りに悪い人はいない」
「自分の会社が狙われるはずはない」
と、どこかで信じ切っているように感じることがあります。

もちろん、人を信じることは大切です。しかし、善意を前提にすることと、危険に備えないことは別の問題です。悪意のある相手が、いつ、どこから、どのような方法で近づいてくるのかは分かりません。

そんなことを考えているうちに、ふと頭に浮かんだのが、
「人の不幸は、お金になる社会」
という言葉でした。

弁護士は、トラブルを抱えた人の問題を解決することで対価を得ます。

医師は、病気やけがに苦しむ人を治療することで対価を得ます。

美容医療の世界では、容姿に対する悩みや劣等感に解決策を提示することで、ビジネスが成り立っています。ただし、その過程で必要以上に不安を刺激していないかは、慎重に見なければならないと思います。

情報セキュリティ関連の企業も、情報漏洩やサイバー攻撃の被害事例を社会に伝え、企業の危機意識を高めることで、自社の製品やサービスの必要性を訴えています。

保険会社も同じです。
「病気になったらどうするのか」
「がんになったら家族の生活はどうなるのか」
「将来、十分なお金がなかったら大変ではないか」
そのような不安に備える仕組みを提供し、対価を得ています。

ちなみに、何度も病気を経験した私自身は、日本には公的医療保険や高額療養費制度があるため、民間の医療保険が本当に必要なのかは、一人ひとりの生活状況や資産、家族構成によって冷静に考えるべきだと思っています。

もちろん、民間保険が必要な人もいます。ここでは医療保険そのものを否定したいわけではありません。

改めて考えてみると、私たちの社会には、人が抱える病気、トラブル、劣等感、恐怖、将来への不安を解決することで成り立っている仕事が数多くあります。

これを単純に、
「人の不幸を飯の種にしている」
と決めつけてしまうのは、少し乱暴かもしれません。
実際に、弁護士や医師、セキュリティ企業、保険会社の存在によって、多くの人や企業が救われていることも事実です。問題は、不幸を解決することによって対価を得ることではありません。

私が気になるのは、必要な危険を正しく伝えることと、必要以上に不安をあおることの境界です。

本当に困っている人を助けるための仕事なのか。
それとも、人の不安を大きくして商品やサービスを売る仕事になっていないか。
この違いは、とても大きいと思います。

考えてみれば、これらの仕事にとって、

  • 悪意のある人
  • 病気やけが
  • 容姿に関する悩み
  • 将来への不安
  • 情報漏洩やサイバー攻撃

は、解決すべき社会課題であると同時に、仕事が生まれる理由でもあります。

なくなってほしいと願いながら、それが完全になくなれば仕事も減ってしまう――。そこには、少し複雑な構造があります。

しかも、こうした分野で働く人の中には、高い専門性と責任を求められるため、高い収入を得る人もいます。そして、弁護士や医師は「先生」と呼ばれます。

「先生」と呼ばれる職業には、政治家もいます。
では、政治家は、国民が抱えるどのような苦しみや不安を解決するために存在しているのでしょうか。

生活への不安、老後への不安、仕事を失う不安、子育てへの不安、安全保障への不安――。政治もまた、国民が抱えるさまざまな問題を解決することによって、その存在意義を認められる仕事なのかもしれません。

しかし、ここにも同じ問いが残ります。
不安を解決しようとしているのか。
それとも、不安を利用して自らの必要性を訴えているのか。

これは政治家だけの問題ではありません。企業経営者にも、専門家にも、そして情報を発信する私たち自身にも当てはまることです。

危険を伝えることは必要です。しかし、恐怖を過度にあおってはいけません。

不安を商売にするのではなく、正しい情報と現実的な対策を示し、人や企業が安心して前に進めるようにする。

それこそが、専門家や企業、そして政治に求められる本来の役割なのではないでしょうか。

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孫と干納豆

この写真は、先週実家の兄からもらった「干納豆」です。食べたのは実に25年ぶりになります。

見た目は正直あまり良くありません。人によっては「うさぎのフンみたい」と感じるかもしれませんし、独特の強い匂いもあります。そのため、家族はみんな敬遠してなかなか手を付けようとしません。

しかし、この干納豆をお茶漬けの具として食べると実に美味しいのです。特に今回いただいたような手作りのものは、市販品にはない風味と香りがあり、好きな人にはたまらない味わいです。ただ、その見た目や匂いから、食べる勇気のある人は少ないでしょう。

ところが昨日、もうすぐ4歳になる孫がこの干納豆を見つけるなり、喜んで食べ始めました。そして「おいしい!」と言いながら次々と口に運ぶのです。

干納豆は、今ではあまり見かけなくなった昔ながらの食べ物です。このままでは、私の世代とともに消えてしまうのかもしれません。そんなことを考えていた矢先に、孫が美味しそうに食べてくれた姿を見て、少し安心しました。

もしかすると、この干納豆との再会は、失われつつある味や文化を次の世代へつなぐための巡り合わせだったのかもしれません。

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諦めなければ希望はある

「諦めなければ希望はある」。 この言葉を聞くたびに、私は立ち止まって考えてしまいます。 諦めない気持ちとは、いったいどうすれば湧き続けるものなのだろうか、と。

目標が大きく、気が遠くなるようなものであればあるほど、その問いは重くのしかかります。会社という場所は、日々の業務が絶え間なく続いていきます。その日々の仕事があるということは、決して当たり前ではありません。仕事を得るためには、継続的に受注が入ってくる環境が要ります。そしてその受注環境は、こちらの都合などお構いなしに、日々かたちを変えていきます。

その変化に、常に対応し続けられる仕組みをどう作るのか。 これは、いくら考えても「これで完成」という答えの出ない問いです。

社員の多くは、日々の業務が明日も必ず訪れると、疑うことなく信じています。もっと言えば、それを疑わないでいられること自体は、社員の責任ではありません。安心して目の前の仕事に打ち込める環境を用意するのは、経営者である私の役目だからです。

長村製作所はどこへ向かうべきなのか。 それを常に悩み、模索し続けることが、私の仕事です。

社員たちは、日々の業務や、社員同士の人間関係の中で悩み、忙殺されています。その気持ちは、私にもよく分かります。人は目の前のことで精一杯になるものです。けれど、その「当たり前の日々」を手渡し続けるためにこそ、会社が事業を続けていける“元”を、私は毎日、少しずつでも作り続けなければなりません。

しかも、この社会は競争社会です。 外に目を向ければ、他の会社も必死で戦いを挑んできます。値段で、品質で、スピードで。こちらが立ち止まれば、その分だけ後ろへ下がっていく。外の世界との戦いがあり、そして社内には社内の戦いがあります。その両方に、終わりというものがありません。

だからこそ、私はときどき自分に問いかけるのです。 この永続的な戦いの中で、諦めない気持ちを、どうやって創り出し続ければいいのか。 そして——68歳になった私に、その気持ちを、これから先も作り続けることができるのだろうか、と。

正直に言えば、答えは持っていません。 年齢を重ねるほどに、体力も、残された時間も、確実に限られていくことを感じます。若い頃のように「気合いで乗り切る」というわけにもいきません。それでも、経営者が諦めた瞬間に、会社の未来の芽は静かに枯れ始める。それだけは、はっきりと分かっています。

だから私は、諦めない気持ちを一人で抱え込むのをやめようと思うようになりました。 一人の人間が燃やせる炎には限りがあります。けれど、社員一人ひとりの中に小さな火を灯すことができれば、その火は私がいなくなった後も、会社の中で受け継がれていくかもしれない。仕組みを作るというのは、結局のところ、そういうことなのだと思うのです。私一人が頑張り続ける仕組みではなく、私がいなくても回り、変化に応え続けられる会社を残すこと。それが、68歳の私にできる、いちばん現実的な「諦めない」のかたちなのかもしれません。

希望は、その先にあります。 いつの日にか、その希望の光をこの目で見るためにも、諦めない気持ちをどう創り続けるかは、私にとって、今まさに向き合うべき緊急の課題です。

答えはまだ見えません。 それでも、悩み、迷いながら、明日も会社の“元”を作り続けていく。 ——諦めなければ、希望はある。 その言葉を、自分自身への約束として、もう一度胸に刻みたいと思います。

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